コラムNO.7 観光とマインドフルネス(その2)「至福に近付く繰り返しとは」(大賀英史)
コラムNO.7 観光とマインドフルネス(その2)「至福に近付く繰り返しとは」
大賀英史(おおが ひでふみ)
ヘルシーライフクリエイト・リサーチ&コンサルティング合同会社 代表社員
庶民が旅行をレジャーとする以前の泊りがけの遠出は、お伊勢さんや善光寺あるいは富士山など、信仰と何らかの関わりがあった。安全面や衛生面の整備の遅れから命がけだ。生涯に何回も行けないため、家に絵を飾ったり、近くの丘を富士に見立て登るなど、いずれも強力な“リピーター”である。よほど叶えたい願いあるいは逃れたい苦しみがあっただろうか。現代でも、四国に限らず各地方に四八ケ所巡りの札所が設けられ、関東なら高尾山などの小高い山に、まるで巡礼者のように何度も昇っている人がいる。山の中腹にある寺までの長い階段を昇り、一歩一歩、杖をついては、長い距離をひたすら歩く。普通の体力ならすぐに音をあげているはずだ。
しかし、である。
■伝統精神に通ずる”マインドフルネス”のメソッド
修験者のような単純で苦痛としか思えない行為の連続なのに、現代の巡礼者の顔には苦悩や苦痛はない。むしろ心地よさに酔いしれた清々しさとあふれ出る優しさがある。この微笑みは、旅先で出会う伝統工芸の匠の表情にも通じる。何度も同じ行為を繰り返して加工し、もう飽きが来ているはずなのに、まだまだ好奇心いっぱいで取り組まれている。まだ改善すべき点、もっと大きな挑戦があるのだろうか。細かい木工に注意を集中していた手を休め、ちょっと会話をさせてもらうと、小さなことに神経を注いでいた匠のスケールの大きな話に感じ入る。肉体を酷使しているように思える巡礼や、気が遠くなるほど繰り返す作業を要する伝統工芸に携わる人には、強靭な精神力を感じるが、どうも、苦しさに耐えているのではなく、単純と思える行為の繰り返しを通して、知性や精神を磨き、人への優しさも養っておられるような気配がある。これはどういうことなのか。
行動医学の分野では、マインドフルネスという、ストレスマネジメントや心理療法のメソッドがある。欧米の病院など臨床場面で確立して広まり、近年は、日本でも知られ始めた。もともと、お釈迦さまが悟られた際の瞑想法や武道の呼吸法などの東洋の身体技法を通して、心を整えるメソッドである。その特徴は、単調な動作でもそれに注意を向けて意識的に繰り返すことで、精神が清明になってくる原理にある。それにより、物事に動じないとらわれない心、こころが澄み切った状態になり、自分の心に余裕が出来て、人にも関心が向き、結果的に慈愛のある行動が発露しやすくなるという。
■脳を刺激する旅の体験
それなら合点できる。昔の巡礼の旅人は、杖の鈴の音とか呼吸などに注意を定めながらの歩みよって、清明な心境になり、長い道のりを、実は心地よく歩いていたのだ。何回も何回も漆(うるし)を塗る職人さんは、精神の心地よさに酔いしれて、あと一回と、コストを忘れ、つい繰り返してしまっていたのだ。工場での大量生産による規格品ばかり見ている我々からすればまったく同じ見える竹でも、マインドフルな竹細工職人の目では、一つ一つの素材に注意を注いでそれぞれのクセを読み取れるのだ。
もちろんいずれも憶測であり、ご本人に確認しなくてはならない。確認しようとしても、自覚的に言葉で語ってもらえないかもしれない。少なくとも外見からわかることは、ランナーズ・ハイのように、ある瞬間から急に脳内に麻薬様物質が分泌されて酩酊感を楽しむダイナミックなものではなく、じわっーっと訪れて長く続く、独特の心地よさを味わっているのではないか、と思えることだ。マインドレスな繰り返しはマンネリズムに陥るが、マインドフルな繰り返しは至福に近づくわけだ。単純な動作にも心を込めることで人間の注意が制御されるという、このマインドフルネスの心理状態については、脳科学の視点から研究も進んでいる。UCLAのMindfulness Awareness Research Centerの Co-directorであるDr. D J. Siegelは、自らの著書 Mindful brainの中で、COAL(Curiosity, Openness,Attention, Love)の4要素でこの心理状態の特徴をまとめている。観光者にとって旅先は、非日常な出来事や場所であり、好奇心、開かれた心、注意、愛情の4要素のすべてが刺激され得る場所であり、旅がマインドフルになり得る可能性の根拠であろう。
■旅人がもとめるのは地域の「生活」
では、旅人を迎える観光地の方に求められる心構えは何か。現代の旅先で、モノの販売だけではなく、そばを打ったり、木工や焼き物などの体験を提供するところも増えている。しかし、ほとんどが予め用意がされていて、ちょっと手を加えただけで満足してもらおうとするものばかりだ。そもそも時間もないので仕方がない。最後は、気に入った作品があれば、買っていってくださいとなる。
もし、その土地の伝統手工芸品の職人の姿勢だけでなく、朝市で売る野菜や魚の説明、店頭でのせんべいの手焼きの仕方、購入時のお釣りの手渡し、宿への来館時の挨拶、厨房での食事づくり、道を聞かれた際の回答ほか、地元の人すべてが、単純で繰り返す行為に、注意と心をこめて行えばどうだろう。お客様である旅行者を喜ばそうという意思的な努力以前に、ご本人自身が繰り返す日常の中にマインドフルな幸福感で満ちてくるのではないか。
同じそば打ちでも、じっくりと取り組む親父さんのマインドフルなそば打ちなら、見ているだけで旅行+者にも同じ気持ちが「伝染」する(脳のミラーニューロン説)であろう。旅行者は、旅先に求めるのは、土地の伝統の技に真剣に向き合っている人の気迫、自然の中でマインドフルに生きる人の心にふれることだ。 各地の観光協会等は、新規の旅行者の獲得策として、商工会館に集まり、目玉となる箱モノやイベントを作ろうと、助成金の申請に忙しいかも知れない。しかし、それ以前に知って欲しいことがある。何よりも、土地の人一人ひとりが観光マンネリズムではなくマインドフルになっていること、そしてそれが地域の全体的な雰囲気にまで高まっていること、それこそが最高のもてなしだと、ということである。
観光地がリピーターを求めるなら、モノや擬似体験ではなく、質のいい体験、それは高級志向というのではなく、ディーセント(見苦しくない, 上品な、寛大な, 親切な、といった意味)な時間を、訪れた人が旅行者自らつくれる環境を提供することに心を注いで欲しい。旅人は、そのようになれる場所を見つければ、もうあちこちと旅先を探さなくてもいい。案内されなくても、時間を見つけて自分の意思で行く。
今の時代、都会の人々が地方へもとめているのは、マインドフルな状態で自分を見つめられること、人と触れ合うことではないだろか。そこで生まれるリピーターこそ、説得力ある、その土地の営業マンとして、新たなファンを連れてきてくれるに違いない。
<プロフィール>
大賀英史(おおが ひでふみ)
ヘルシーライフクリエイト・リサーチ&コンサルティング合同会社 代表社員
独立行政法人国立健康・栄養研究所 健康増進プログラム協力研究員
東京大学教育学研究科で認知科学、同・医学系研究科博士課程で公衆衛生学(精神衛生学、疫学・統計学、国際地域保健学等)を研究した後、長野県看護大学(リサーチレジデント)、独立行政法人国立健康・栄養研究所(室長)を経て、現在に至る。
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