2009年6月 3日 (水)

コラムNo.4 この観光不況はいつまで続くのか(その1)前田豪

コラムNo.4 この観光不況はいつまで続くのか(その1)
         
                                                                                                           
                                    株式会社リージョナルプランニング代表 前田 豪(アドバイザリーボードメンバー)

  国内の観光地は、2004年にようやくバブル崩壊後からの長い低迷に底を打ったかに思えたが、2007年からまた下降し、アメリカのサブプライムローンの破綻が顕在化した2008年秋になって、一気に暴風域に突入した感がある。2009年に入ってからはさらに観光客の落ち込みが顕著になったところもあり、この状態が続くと、病後の回復が充分でないところに、強烈なパンチを見舞われた如く、「えっ!あそこのホテルが!?」といわれるようなところが倒産の憂き目に遭いかねない。
  それだけではなく、バブル崩壊によって倒産した宿泊施設を格安で手に入れたファンドが、そこそこ手入れをして経営を再開したところも、ファンド本体が今回の不況によって大きなダメージを受け、“副業”というか、“ころがし(?)”として経営するどころではなくなり、“再倒産”の可能性が出てきたところもありそうだ。なんとも厳しい状況になったものだ。

■行きたい観光地が少ない日本
 しかし、わが国の観光業を戦に例え、これが「天の時」とすれは、真の再生のために、そしてかつて「ジパング」と呼ばれたように、世界の人が憧れる観光立国を目指すならば、中途半端な改革や「虫歯に砂糖」のような“逆行”した施策ではなく、大悟徹底するときである、ということなのではなかろうか。
  昨今観光旅行が減った最大の原因は、経済不況もさりながら、国民生活の先行きの不安と、それを押し除けてまで行きたくなるような観光地・施設が少なくなったことが大きいと考えている。一世紀の間に何度も使われる“百年に一度”の不況とはいえ、あっさり将棋倒しになる(?)ような脆弱な体質は、借金を前提にした設備投資体質と、変動(景気・社会変動や季節変動等)が不可避の事業であり、ならせばファンドや商社が手を出すような利益の大きい商売ではない一方、喜びは無限大な事業であることの認識・覚悟の不足にあると考えている。

■行き甲斐・見甲斐創出こそ最高の不況対策
 国民はそれなりに資産を持っているものの、不況の先行き、株価の下落、年金に対する不安等から、生活が自己防衛的になり、のんびり旅行に出掛けようという気分になれないのだ。JTBのキャッチコピー「衣食住・(そして)旅」とはよく言ったものだ。無論、いずれのレベルも上がってきてはいるが、ゆとりあっての旅なのだ。バラまきの経済対策では、決してゆとりは生まれない。
 しかし、観光旅行に行きたいという欲求は高くなっている。だから、高速道路料金が一部を除いて一律1,000円になった3月28,29日は、大都市より遠い観光地は大賑わいとなったのだ。円高で、サーチャージ代が大幅に下がった結果、今年のゴールデンウィークに海外旅行に出掛ける人が対前年比10%増というのも同様だ。とりわけ料金が高いハワイやオセアニア、ヨーロッパ等の長距離方面が好調というのは象徴的だ。
 「機会があればいつか見たい・行きたいと思っていた」ところは、機会さえ創れば観光客は確実に来てくれるのだ。つまり、紐が締められた財布を開かせるだけの、「行き甲斐・見甲斐」のある観光地・観光施設にし、そこに行きやすくすることが、最高の、かつ長続きする“不況対策”なのだ。

■福島県・花見山の“行き甲斐づくり”
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   そんな観光地の一つが、福島県の花見山だ。東京の都心から285kmだが、高速道路を使えば片道約3時間だから充分日帰りが可能だ。新幹線も同様で、JR東日本は3月に入って一斉に東日本の桜めぐりツアーの宣伝を始めた。そのパンフレット(右の写真上段)に掲載されている、桜めぐりの旅行商品に取り上げられている17ヶ所の桜の名所の中に、福島の「花見山」が入っている。新宿駅構内には花見山単独のポスターも掲示され(右の写真中段)、単独のチラシ(右の写真下段)も配られていたからから、今年の桜めぐりの“注目株”と言えようか。
 そのポスターの右には、こう書かれている。「こどもたちが誇らしげに言った。『このまちには桃源郷があるんだよ』と」。そして左側には、花見山の由来が書かれている。こうだ。「昭和34年(1959)から、一軒の農家が『きれいな花をみなさんで楽しんでもらいたい』と…(以下略)」。
 その花木(切枝)生産農家の、現在の主が阿部一郎さん89歳である。父伊勢次郎氏が昭和10年に自宅前の山を開墾し、生け花用の花木を植えたのが最初である。戦後仲間が増えると共に事業が軌道に乗るにつれ、近所の幼稚園児らが見に来るようになり、昭和34年に「皆さんにきれいな花をお見せしたい」と花木生産現場を無償解放したのが花見山だ。
 昭和34年は今の天皇が皇太子時代に結婚した年で、この年に記念に桜を植えたところは多い。角館の檜木内川の2キロにわたる桜堤もその一つだ。阿部さんもそうした想いもあったのだろうか。自宅の裏山5町歩(ha)に、半世紀にわたる想い・志が年々大きな花を咲かせ、15軒の花木生産農家の圃場などを含めて、花見山を含む渡利地区が“東北17大桜名所”の一つになったわけだ。

■共感を呼ぶ“生産者の目線”
 4月11日(土)に行ってみたところ大盛況で、翌日の地元紙には「過去最高の3万人の人出」と報じられていたから、昨年の26万人を大幅に上回ることは確実だ。早見山とセットになった観光地の入り込みも増えていることだろう。花見山を含めて花の生産現場が観光対象になっているのは、オランダのチューリップの球根見本園であるキューケンホフが世界中から100万人の観光客が訪れる“結果観光地”になっているのと同じだ。なんともお見事である。
 あまたある東日本の桜の名所の中で、花見山単独の旅行商品が売られ、かつ大賑わいしているということは、花の美しさと共に阿部さんの志の高さを目の当たりに見てみたいと考える人が多くいらっしゃることを物語っている。その意味でユーザーの目はかなり肥えてきており、旧態然とした観光地・観光施設は、その利用客に減少を不況のせいにして公共支援を仰いでいる限り、回復はおろか、ますますお客さんが遠のくことを知るべきだろう。 

■次の波動の到来を見逃すな
 開けない夜がないように、社会・経済は波動を繰り返しており、不況を脱し、観光旅行を大いに楽しめる時代は必ず来る。我が国の社会・経済の変化は、紛争・政治・経済・文化という4つの「時代」が15年毎に繰り返していくという「60年周期説(図-1)」がある。
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なかなか“当てはまっている”ように思える説で、これに従えば、2005年からは政治の時代に入っており、2020年から経済の時代に入ることになる。前回の政治の時代(1946~1960)では、1955年頃から神武景気が始まり、電気洗濯機・冷蔵庫・掃除機が三種の神器と呼ばれ急速に普及し、国定公園も6カ所指定され、大いに賑わっている。その前(1885~1900)の政治の時代も10年ぐらいたった1895年頃から経済が活発化し始め、北ではニシンブームが起き、東京では鉄道馬車の利用者が増加し、京都では第4回内国勧業博覧会が開催され、平安神宮も創建されるなど、京都ブームがおきている。
 そうしたことを勘案すると、2015年あたりから好景気になり、観光旅行も活発化してくると推察される。雇用を守るためにワークシェアリングが普及すれば、フランスのように観光旅行の増加が促進されるかもしれない。しかし、後数年は厳しい状況が続くことになる。ここをどう乗り切るか、である。(次号につづく)

<プロフィール>

前田 豪 株式会社リージョナルプランニング 代表                                                        東京都出身。東京大学農学部林学科卒業・同大学院修士課程卒業・同博士課程中退。農学博士。㈱リージョナルプランニング代表として、全国の観光・リゾート・地域計画のほか、市町村におけるまちづくりやまちおこし事業を多数手がけている。

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