2009年1月 5日 (月)

コラムNo.1  「観光地域経営フォーラム」への期待(桝井喜孝)

コラムNo.1 観光地域経営フォーラム」への期待
         〜シンク・タンクからマネージメント・サポーターへ                                                                                                           
                                    

ミュージアム工学研究所所長 桝井 喜孝(アドバイザリーボードメンバー)

■ソフトとシステムの硬直化

 今、時代はあらゆる面で「変革の時」を迎えている。昨今の金融危機や雇用形態、グローバル・スタンダードの見直しといった時流は、単なる経済問題とだけ捉えてはその本質を見失う。自らの働き方、社会と自分との関係性、自然と人間とのあり方と言った、もっと本質的な事が問われているように感じる。西洋近代の考え方がここに来て我が国の文化のバランスを崩し、社会システムそのものが私たちの社会や暮らしぶりを壊し始めている。つまり今問われているのは、私たちの暮らしぶりであり、文化や精神の問題として捉えるべきではないか。
 この事は、観光振興についても同じである。経済的な価値を豊かさの評価軸として捉えた地域振興や観光振興は、ものの豊かさや価格という尺度から比較され、「なるべく安く大量に消費する事が成果を生む仕組みや事業を作る」事を目標として組み立てられているように思う。国内旅行をするより、海外旅行の方がずっと安価な場合も多く見受けられ、グローバルな比較検討の中にさらされているのが、今の我が国の観光事業であろう。

 以前「地域資源の統合活性化」という視点から、ある自治体の活性化事業構想(私案)をまとめた事があった。そこは高齢化率の高い中山間地域で、これまでの概念でいう観光資源としては、山間部の自然とよくある箱モノが2カ所、それに奥まった所にある温泉が2カ所といった地域である。そこで、点在する観光資源を連携させつつ、「ミュージアム」という概念を使い、地域住民を学芸員に見立て、地域の暮らしぶりを体験・学習・交流してもらいながら地域の文化(暮らしぶり)を味わう“賞味型”の観光事業を構想した。
 
また3年程前から取り組み始めているのが、長崎県五島市の地域活性化である。ここでも「ミュージアム」という概念を使っている。福江島をはじめとした五島市内に残るキリスト教遺産や隠れキリシタン達が今日まで続けている暮らしぶり、農・漁業といった地域の文化を味わう観光事業であり、地域活性化事業である。こちらでは民間組織が事業主体となり、その拠点づくりとして市から半泊村の廃校を借り受け、里山とその前に広がる海、農・漁業等をまとめた「田園ミュージアム」をつくる活動を始めている。言ってみれば、日本文化の原型ともいえる「農的暮らし」のミュージアムである。今後、この地域を中心に取り組みを同心円的に広げ、キリスト教遺産や観光地化されていない手付かずの自然や島の風習、食文化などを、地域の住民を学芸員として見立てつつ参画していただき、そのまま味わうミュージアム的な「賞味型」の地域活性化に取り組もうと、企業組合「五島列島ファンクラブ(http://gotofanclub.jp)」の設立にまでこぎつけたところである。
 この変革の時代にあって、いま一度私たちの社会や暮らしぶり、「日本」という本来自然豊かで循環型であった生活文化や精神文化を見直していきたい。2例ご紹介したが、このようなこれまでにない概念からのアプローチによって、観光政策そのものの目的やソフト、システムを再構築する時期に来ているのではないだろうか。

■経済価値から文化価値への路線転換

 団塊の世代が定年を迎え、高齢化社会が加速しつつある。この「定年」という考え方は、人間の寿命とサラリーマン生活とを基準にして設定された制度である。それは、人間の一生を経済価値から捉えている事であり、機械の老朽化や耐用年数と同じ考え方である。
 ひとりの人間が働いた期間には、いろいろな体験から得たノウハウが蓄積されており、単に、労働というものを経済的な側面から捉えるのではなく、その人の文化(職業生活としての暮らしぶり)の蓄積として捉えてはどうだろうか。その地域に積み重ねられた文化そのものに基礎をおいて、観光や地域経営のあり方を構想してみてはどうだろうか。
 これまでの観光事業というと、神社仏閣、自然環境、地域の史跡などを巡り、温泉や名物料理に舌鼓を打つような観光が主体であった。これを私は「消費型の観光」と呼んでいる。つまり、観光対象を見て回り経済効果を生もうとする手法であり、その事が目的の事業である。
 海外からの観光客についても同じである。例えば、伝統的な日本文化として紹介される事の多い京都は、公家文化が元になった文化であるが、それは日本文化のある側面、一時代の文化形態として認識すべきであり、その時代、その地域の暮らしぶりが文化であるとして捉え直す事が、今必要なのではないかと考えている。地域に残る文化財を観光資源として捉えるばかりではなく、それを生み、育て、継承してきた、その時代、その地域の暮らしぶりを味わう観光事業が求められる時代になっているのではないかと思う。
 地域に残る文化財を観るのではなく、地域に継承されている文化(暮らしぶり)を味わう観光事業であり、ツーリズム(非日常性)体験からミュージアム(日常性ある活動)体験への観光事業の転換、経済価値から文化価値を問う観光事業への転換である。海外から訪れる観光客の人達にも、ぜひ、日本各地に受け継がれている暮らしぶりを見て、体験して、味わい、我が国の多様性、重層性ある日本文化に触れてほしい。それが我が国への正しい理解につながるだろう。自然とともに暮らし、自然や地域とのつながりの中で生きてきた日本人の姿を見てほしい。ツナガリティ(Tsunagality)こそ、日本文化の神髄ではないだろうか。
 南北に長い我が国の地形、数千年と言う長きにわたる歴史を考える時、それぞれの地域には豊かな自然や特徴のある暮らしぶりがある訳であり、画一化された物質的な豊かさの比較、競争原理に晒された価格競争をするのではなく、多様な文化をそれぞれの地域がいま一度見直し、地域の多様な文化を発信し、それぞれが相互に吟味しあう観光事業という姿があっても良い。

■事業モデルの提示から、コンセプトの構築とソフト・サポートへの役割転換を

 これまで、観光振興や地域活性化の方策を探り、一つの政策提言とする時、○○モデル事業として、地域やNPO等の組織、団体向けにフォーマットが示され、各省庁からそれぞれの予算に配分される。このようなモデル事業と言った模範例の提示方法は、先に述べた多様な文化形態を持つ我が国には、そのまま当てはめられない。地域には地域の特色があり、モデル事業としてしまうと、それこそ画一化されてしまい、地域文化の多様性が失われてしまう。金太郎飴の様な駅前開発やシャッター通りの出現が、その事を物語っている。
 これまでは、観光であれ、地域振興であれ、活性化している地域の実例を集め、分析し、そこに内在している共通の要素を取り出して組み立て、何らかのモデル事業という形に仕上げ、それらを模範として実行される。つまり、ボトムアップ型の事業構想手法である。地方の時代と言われている今日、地域にあった暮らしぶりや、それぞれの文化に根ざした地域振興や観光のあり方等を調査研究し、それを今日的な状況の中で事業として実施するには、どういった要素があれば良いのか、というトップダウン式の事業構想手法がふさわしいのではないだろうか。そこに必要なのは、画一化・共通化された具体的なモデル事業の提示ではなく、その事業を行うその地域ならではのコンセプトの構築であり、その地域の文化に根ざした様々なソフト面のサポートと地域文化のマネージメントであろう。
                                                                                          

 以上の視点から捉え直したとき、「観光地域経営フォーラム」という多様な業種やアドバイザーというソフトパワーの存在は、単に、モデル事業の構想というシンク・タンクとしての存在から、自治体や民間からの要請を受け、フォーラムメンバーとともに行なう調査研究と、地域の文化(特色ある暮らしぶり)を考えた事業構想と、具体的な事業実施に至るまでの、トータルなマネージメント・サポーターとしての役割が求められているのではないだろうか。
(終)

桝井 喜孝  ミュージアム工学研究所所長 

<プロフィール>
各種文化施設や博物館活動に関するコンセプトワーク並びに企画書の作成、マルチメディアの活用による『地域資源の統合活性化に関する事業構想』を、財・余暇開発センターの調査研究委託事業として作成する。博物館の設立や地域活性化に関する各種委員ならびに日本ミュージアム・マネージメント学会(元/理事・近畿支部長)での活動や,京都ノートルダム女子大学にて博物館学芸員の養成に携わると共に、一昨年新設された鉄道博物館の展示設計・教育プログラムの監修にも携わる。五島列島の活性化と松井守男画伯の日本での活動支援にも注力している。元・博物館学芸員。
現在、㈲ミュージアム工学研究所代表、五島列島応援隊株式会社取締役並びに、観光地域経営フォーラムアドバイザー。

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